現在位置: ホーム / 小児外科医を目指す方へ / 留学体験記 / ミシガン留学記  田附裕子

ミシガン留学記  田附裕子

2002年2月より約2年間、University of Michigan(U of M)の小児外科へResearch fellowとして留学する機会をいただきました。15.jpgU of MのあるAnn Arbor市は、紅葉の綺麗な閑静で大変安全な(殺人事件のない)学園都市で、全米の中でも大変生活しやすい街として取り上げられたことがあります。アメリカンフットボールチームが、毎年リーグ戦を盛り上げているのは、アメフトファンならご存知のとおりです。また、Ann Arborは、映画ロボコップで有名なGM本社のあるDetroitに近いのですが、Detroitと言えば、野球ではTigersが有名です。アメリカのTigersを応援する人達も、なぜか日本と同じ様に(?)応援には、熱さが感じられ、関西人の私にとっては、とっても微笑ましく・懐かしい光景でした。

さて、U of Mの小児病院施設はMott’s Children Hospitalとして知られており、小児外科のテキストの著者・編者として有名なCoran教授が、Bostonより初代教授就任されて以来の名門です。臨床では、ミシガン州下の関連病院と密な連絡を取り、Coran教授のもと、優秀なstaffと外科研修を終えた2名の優秀な小児外科レジデントが、年間1000件を越える手術を担当しておりました。臆するとことなく、自信と誇りを持って楽しそうに働いていたのが印象的でした。週1回のCase conferenceでは、どこの小児外科でも見られる熱いdiscussion(悩ましい症例の治療方針の検討)が繰り広げられ、「小児外科医は本当にどこの国でも子供のために常に一生懸命なのだなあ」と改めて「小児外科の良さ」を痛感する日々でした。
16.jpg 研究は更に盛んで、腸管の粘膜障害に関わる数々の研究やliquid ventilationの実験など、いろいろなテーマを各staffが掲げていました。我々Research fellowとともに、積極的な学生や野望の強い(?)留学生が、Lab.に出入りする毎日でした。私もその1人として、留学開始とともに、生活も落ち着かないまま、Coran教授の元で、Teitelbaum先生のLab.に所属し、すぐに実験開始となりました。どこのLab.もそうかもしれませんが、毎週、meetingがあり、結果の提出・進行度のcheckを受けます。留学して最初に戸惑ったのは、日本で言う共同研究施設のような設備がないことです。研究データを1つ提示するのにも、いろいろなLab.にアポイントを取って、数々の(英語での交渉という)試練を乗り越えて初めて、測定器具を借りたり、測定の依頼をしたりできるのです。共同研究室に行けばなんでもできるという恵まれた環境で育った私にとって、これは大変な苦痛でした。Lab.で一緒に仕事をしていたResearch fellowや、U of Mの他のLobで実験を行われている日本人研究者の方々のサポートは本当にありがたいものでした。
17.jpg 2年間の留学で得られた研究結果は、10回におよぶOral presentationで発表しました。そのおかげで、ヨーロッパ(マドリード・グラッツ・マルセイユ)、アメリカ国内(ボストン・サンディエゴ・サンアントニオ)を訪れることができたのも貴重な体験です。関西弁訛りのJapanese Englishを、Lab assistantのBob Dが「アメリカ人に理解できるまで」と、発音を何回もcheckしてくれたことが、今も役立っています。場数を踏むうちに、発表の際にあわてずに質疑応答できる自信にもつながりました。(文法・内容が間違っていても気にせずしゃべるという、悪い癖も多少身についてしまいましたが・・・。)研究・発表内容は多岐に渡るためこの場では割愛させていただきますが、実験内容に対して常に新しい発想と聡明なアドバイスをしてくださったTeitelbaum先生には、今も感謝しています。留学2年間は研究のみに打ち込むことができ、いい意味でのプレッシャーを感じながら、本当に楽しいAnn Arbor lifeを送ることができました。留学中に知り合った人々とは、働く場所・環境も違うのに、気の知れた仲間として交流が今も続いています。このことも留学中の大変素敵な収穫です。
18.jpg さて、アメリカ留学中に経験した大きな事件として、September 11があります。そのときの衝撃は語るに語れません。ミシガン(というよりアメリカ国内すべて)で生活しているイスラム系家族は我々が予想している以上に多く、事件直後のイスラムの寺院に集結している人々の数の多さとそれを監視しようとする多くの警官の姿は今も生々しく思い出されます。平和というものは、いかにもろく一瞬の出来事で揺らいでしまうものなのだろう・・と痛感しました。
私が大学院途中にして留学に出た際には、いろいろな方にご迷惑をおかけしたと思います。でも、この留学は、私にとって大変貴重な経験となりました。サポートしていただきました皆様に感謝しつつ、今後、その経験を日本でも生かしていきたいと思います。

田附 裕子

平成 6年  秋田大学医学部卒業
平成 6年  大阪大学医学部付属病院 第一外科・小児外科 臨床研修医
平成 7年  社会保険紀南総合病院 外科 医員
平成 9年  大阪府立母子保健総合医療センター 小児外科レジデント
平成10年  大阪大学大学院大学医学系研究科 小児発達医学講座(小児外科学)入学
平成13年  ミシガン大学 小児外科にResearch Fellowとして留学
平成15年  大阪府立母子保健総合医療センター 小児外科 非常勤医員
平成16年  大阪大学医学部附属病院 小児外科学 シニア非常勤医員
平成18年  兵庫医科大学 第一外科医員 病院助手



【受賞など】

平成 14 年  Congress of Surgical research, Best Abstract Award
平成 15 年  16th International Symposium on Pediatric Surgical Research,
NOVARTIS Prize
平成 16 年  第37回 日本外科代謝栄養学会, 2003年度 学会賞
平成 18 年  兵庫医科大学 第一外科医員 助手
平成 20 年 大阪大学医学部附属病院 小児外科学 助教
平成 21 年 自治医科大学 外科学講座 小児外科部門 学内講師
平成 22 年 自治医科大学 とちぎ子ども医療センター 小児外科 講師 
平成 24年 大阪府立母子保健総合医療センター 小児外科 副部長